大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)2378号 判決 1966年2月12日
原告 株式会社ナショナルプラスチック配給所
右代表者代表取締役 住吉留雄
右訴訟代理人弁護士 高橋武
同 松浦由行
被告 株式会社川尻油圧機製作所
右代表者代表取締役 川尻実蔵
右訴訟代理人弁護士 嘉根博正
右訴訟復代理人弁護士 土橋忠一
主文
被告は原告に対し、金六〇万円およびこれに対する昭和四〇年一〇月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は一〇分して、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は原告勝訴部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一 原告訴訟代理人らは、「被告は原告に対し、金一〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年一月一九日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因等としてつぎのとおり述べた。
一、別紙目録記載の物件(以下、本件物件という)は、もと訴外岩谷化学工業株式会社の所有であった。
二、原告は昭和三七年一二月二八日訴外会社から、訴外会社が原告に負担する同日付準消費貸借債務一五〇万円(同年六月二〇日から同年九月二〇日までの間の買掛代金債務一五〇万円を目的とするもの)の担保のために、譲渡担保として本件物件の所有権を取得した(ちなみに、右準消費貸借債務は昭和三八年五月から同年七月まで毎月三日限り五〇万円ずつ分割して支払う旨の約定になっていたが、訴外会社は右の支払を全然していない)。
三、ところで被告は、油圧機の製作、販売および修理を営業とする会社であるが、昭和三八年四、五月ごろ訴外会社から本件物件の修理を依頼されてその引渡を受け、これを占有していた。
四、原告は同年四月二六日訴外会社の経理内容の悪化を聞知し、本件物件の所在を確認したところ、被告がこれを修理のため占有していることが分った。そこで、原告は同年四月二七日訴外会社の責任者と同道して被告方を訪ね、被告に対し本件物件が原告の所有であることを説明し、被告もそのことを了承したのである。
五、ところが被告は、同年五月中に本件物件を所在不明にしてしまった。
六、前記四、のとおり、被告は本件物件が原告の所有であることを確知しているのであるから、被告の右五、の行為は原告に対する明白な不法行為であり、したがって被告は原告に対して損害賠償の義務があるといわなければならない。
その損害はつぎの通りである。
原告は本件物件の所在不明によって、すくなくとも事実上その所有権の行使を不能ならしめられたから、これはその所有権の喪失と同一視すべきである。したがって、原告の被った損害は本件物件の所在不明時の価額だというべきであるところ、右価額はすくなくとも一〇〇万円をくだらない。
それゆえ、被告は原告に対し、損害賠償として右一〇〇万円およびこれに対する遅滞の後の昭和四〇年一〇月一九日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
七、よって、請求の趣旨記載の判決を求める。
八、被告主張の抗弁事実は争う。
第二 被告訴訟代理人らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁としてつぎのとおり述べた。
(答弁)
請求原因一、および三、の事実は認める。同二、の事実は知らない。同四、の事実中原告主張の日に原告と訴外会社の責任者が同道して被告方を訪ねたことは認めるが、その余の事実は否認する。同五、および六、の事実は否認する。同五、の事実については、被告は訴外会社から本件物件の修理を依頼され、同会社がその所有者だと信じていたところ、昭和三八年五月八日訴外会社から本件物件の返還要求があったので、同会社に返還したのであり、被告の行為は正当なものであることを主張する。
(抗弁)
被告は、かりに損害賠償義務があるとしても、過失相殺の抗弁を主張する。
原告は同年四月二八日被告方を訪ねて被告に対し、本件物件が原告の所有であることを説明したというが、その当時訴外会社はすでに原告のいうように経理内容が悪化しており、被告としては本件物件を修理しても修理代金を回収することができるかどうか危ぐしている有様だったのである。もし、原告が真に本件物件の所有者だというならば、原告は本件物件を修理しないまま直ちに引き取るか、または、被告に対して修理代金の支払を確約すべきである。しかるに原告は同日はもちろんその後においても右のいずれもしていないのであって、被告としてはこのような無責任な者を直ちに所有者と信ずることができないのは当然だといわなければならない。
それゆえ被告は同年五月八日、訴外会社が修理代金は支払えぬから本件物件を返還してくれというのでそうしたのである。
要するに、原告には被告に、原告が本件物件の所有者だと信じさせるについて十分でない過失があったというのほかなく、この過失は損害賠償額の認定にあたって、大いにしん酌されるべきである。
第三証拠関係≪省略≫
理由
請求原因一および三の事実は当事者間に争いがない。そして同二の事実は、≪証拠省略≫を合わせると、これを肯認することができる。
そこで同四以下の事実について、以下に判断する。
≪証拠省略≫を合わせると、つぎのとおり認められる。
(一) 訴外会社は昭和三八年一、二月ごろ被告に対し本件物件の修理を依頼してこれを引き渡した(本件物件はもともと被告が訴外会社に販売したものである)。ところが、訴外会社は同年四月二七日、手形の不渡を出し、倒産してしまった。原告はその一両日前にいち早くその情報を入手し、本件物件の所在について調査したところ、被告が修理のため占有していることが分った。そして同月二七日、訴外会社が同日倒産することを知った原告の専務取締役訴外住吉晴夫は直ちに訴外会社の常務取締役訴外郭天煥を連れて被告方を訪ね、郭から被告の代表取締役川尻実蔵に対し、本件物件は訴外会社から原告に譲渡したものである旨告げ、被告から原告宛ての本件物件の預り証を書いてくれるよう求めたところ、川尻は預り証(甲第二号証がそれである)を書いて住吉に交付した。
なお、そのさいの岩谷の話では、修理代金は依然として訴外会社が負担するということだったが、被告は翌二八日訴外会社が前日に倒産したことを知った。そこで被告としては、倒産した訴外会社から修理代金が取れぬことは明らかだし、他方、原告から修理代金をもらうことは二七日の岩谷の話からみて無理だと思い、本件物件を修理しないまま放置していた。そうするうちに、同年五月八日ごろ訴外会社から本件物件の返還要求があったので、被告はこれを訴外会社に返還してしまった。訴外会社の倒産後修理代金の支払について、原、被告とも互に相手方に対しなんらの交渉もしていない。また被告は、訴外会社から本件物件の返還請求をうけてこれを訴外会社に返還する前後において全然原告と連絡をとらなかった。それどころか、被告代表者の川尻は同月二一日、原告の住吉らと面談し、同人から本件物件の引渡を要求されたさいは、訴外会社、被告間の手形上の関係から、もう少し引渡を待ってほしいなどと弁解していた。そのころ本件物件は、訴外会社の債権者らの手によって処分され、所在不明となってしまった。
以上のとおり認められる。≪証拠認否省略≫
右の事実によれば、被告は本件物件が原告の所有であることを知りながら、これをあえて訴外会社に引き渡し、その結果所在不明にさせてしまったものというべく、このことが原告に対する不法行為を構成することは明らかである。
したがって、被告は原告に対しその損害賠償義務があるところ、原告の被った損害はつぎのとおりである。
原告は本件物件の所在不明によって、すくなくとも事実上その所有権の行使を不能ならしめられたのであるから、これはその所有権の喪失と同一視すべきものである。したがって、原告の被った損害は本件物件の所在不明の価額だというべきである。そうであるところ、右価額は≪証拠省略≫を合わせると、すくなくとも一〇〇万円をくだらないことが認められ、≪証拠認否省略≫
しかし、被告の右不法行為については被害者たる原告にもまた過失があったといわなければならない。すなわち、
被告が右不法行為をなすにいたったほとんど唯一の動機、原因は、かれが本件物件の修理代金の支払が受けえられない状況にあった(すくなくともそう判断せざるをえない状況にあった)ことである。ところで、修理代金を負担すべき訴外会社が倒産した以上、原告が本件物件の所有者たることを認識している被告としては、原告に対し修理代金の支払を原告から受けることができるかどうかまたはこれを修理せずに原告に返還してよいかどうかを確めたうえ、原告の意向にしたがったそ置をとるべきであるのはもちろんである。
しかし他方、原告としても進んで被告に対し、右の二途のいずれかをとる旨を通知すべきが社会常識上所有者として当然のことだといわねばならない。しかるに原告は、これをしていないのみならず、右四月二七日に、訴外会社が同日倒産することを知りながらこれを知らぬ被告に対し、そ知ぬ顔して修理代金は依然訴外会社が負担することにしているのである。
この四月二七日の原告の態度からみれば。原告は被告が修理代金の支払を受けえないのを知りながら修理をさせるつもりだったといわれても弁解のことばがないであろう。そしてこれは、所有者として余りにも無責任な態度と評さざるをえない(訴外会社に対し一五〇万円の債権を有する原告としては、譲渡担保として取得した本件物件について修理代金など支出したくないという心情は理解できないではないが、ここでは所有者としての第三者に対する態度を問題にしているのである。)。
要するに、被告の右不法行為は、被告の無思慮、軽卒さと原告の無責任とが互に原因として競合し、発生したものとみるべきであって、両者の原因としての比率は原告四、被告六と認めるのが相当である(被告が訴外会社から本件物件の返還要求をうけたさい、なんら所有者たる原告に連絡せずにこれを返還した点からみて、被告の原因が大であることは認めざるをえない。)。
それゆえ、原告の右過失をしん酌して被告が原告に損害賠償すべき額を六〇万円と定める。
なお、原告は遅延損害金について商事法定利率年六分の割合によって請求しているが、不法行為による損害賠償債務は商行為によって生じた債務ではないから、これに対する遅延損害金の法定利率は、年六分ではなく、民法所定の年五分であるといわなければならない。
以上のとおりであるから、原告の請求は、右六〇万円およびこれに対する遅滞の後の昭和四〇年一〇月一九から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるが、その余は失当だといわなければならない。
よって、上記正当部分を認容し、上記失当部分を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 萩原金美)